ママへ

ねえママ、あたしはどんな子だったかな
きっといいこじゃなかったね
先生からもらった手紙をママはいつもみないから
バレないように幼稚園のトイレにながしてた
あのときすごく怒られたんだよ
ママの料理をたべたことはないけど
きっとお兄ちゃんはたくさん食べてたね
おいしかった?

パパの車ででかけているのを2階から見てたの
お兄ちゃんとパパとママ
両手いっぱいに袋を提げてた
あたしはどうして一緒にいちゃいけなかったの
カーテンから隠れてみていたよ
あたし、ほんとは車だいすきなんだ
百均でもスーパーでもいいから
ママとパパとお兄ちゃんといたかったの

ママの手のにおいがすきだった
15歳になって、なんのにおいか分かったよ
おとこのひとの汚いにおいだったんだね
ねえ、ママ
二重の遺伝は百均のアイテープでぐちゃぐちゃだよ
ずっとパパ似だっていわれるの
遺品の時計はどこかにいった
ママの携帯は動かなくなっちゃった
あたしはずっともってるよ
メールがこないかまってるよ

あたしは泣かなかった
トイレですこしだけ泣いたけど、
あとね、葬式でお兄ちゃんにぶん殴られたんだ
それでいっぱい泣いちゃった
お兄ちゃんと喧嘩をしたらママはいつも
泣き叫ぶあたしの親指を口にいれたけど
あたしが咥える親指は左手だったんだよ

パパは泣いてた
はじめて泣いているところをみたの
パパはママを燃やした
パパはママを殺した
ママは生きてたんでしょ?
だってあたしが瞼をめくったらこっちを向いていたじゃん
肌が黄色かった、きれいな化粧をして
ほんとうは、ママは生きてたんでしょ?

遺骨は軽くて、白くて、ひどい匂いだった
鼻を抑えながらトングで骨を拾った
きっとあたしがいちばん鉄の容器に移してたよ
6歳だったけどわかってたよ
ママにあげる手紙を
はやく元気になってねって手紙を渡そうとしたの
その日にママはしんだ
深夜2時にママは冷たくなっていた
その手紙を車の背ポケットにぐちゃぐちゃに詰めて隠した

ママが頭をホッチキスでいっぱいとめていても
髪の毛がなくなっていても 車椅子になっちゃっても
ママはこわくなかった、だいすきだった
ずっとへらへらしてるママは
口笛がじょうずだった
ふうせんであそんでくれた
たなばたの日には、ママがよくなりますようにって
何回も何回も言ったよ
けどね、神様なんかいなかった
ママは死んだんだよ

ねえママ、ごめんね
ママ、あたしのこと好きだったかな
ママはあたしのことでいっぱいになったりした?
お兄ちゃんにあげたもの
お兄ちゃんがもってる大きいクマのぬいぐるみとか
あたしもほしかった

9年前、ママはしんだ
ママの声をわすれちゃったんだ
けどたまに夢にでてきてくれたね
もうわたしは自分のことあたしっていわなくなったよ
身体も大きくなったんだよ

ママ
わたしはなんにもできないよ
勉強も運動もなにもできないよ
学校もいけないし、ひとと話すのもすきじゃない
絵はずっとかいているけど下手くそなんだ
ママはわたしの絵をみたことがないだろうけど

ママみたいにずっとへらへらしてるの
ねえママ、わたしは
適応障害なんだって うつ病なんだって
手帳を持てっていわれたよ
いっぱい死のうとしちゃった
いっぱいわるいことしちゃった

ママはさ、わたしが子どものうちに会いたい?
きっとわたしはかわいくみえるよ、まだ子どもだから

ママ、わたしは15歳になったんだ
まだママのことママってよんでもいいかな




ママ、

あたし、しんじゃだめかな

閉鎖的な未成年

9月25日
自殺に失敗して閉鎖病棟に入院した日から
もうすぐ1年が経とうとする
すこし溶けた錠剤と麦茶を吐き出して
壁を殴っていたらだれかに手を握りしめられた
救急隊員に怒鳴られて、空き瓶が床に転がった
救急車に乗るとき蒼くてきれいな宙がみえた
あたしが運ばれてるこの救急車を
だれかも求めていたのかな
胃洗浄をして 活性炭を何度も吐いた 集中治療室
尿道の管を持ち上げられる度、脚に力が入った
寝苦しくて唸る度にナースコールを連打したら
しらないおじさんに裸をみられた
ベットの上で薄汚れた容器に排泄をした
看護師になんどもオレンジジュースを注いでもらって
30回は刺し間違えられた動脈の針と
漏れて肩を濡らす点滴に気付かないふりをして
虚ろな目で2日間天井を見つめた
どれほどみっともなかったのか
考えたくもなくて目を閉じていた
窓はなくて 朝は来なかった
はじめて車椅子に乗った
閉鎖病棟に送られているとき
「ああ、もうおわりだ」と思った
普通にはもう戻れないと
普通の中学生にはなれないと
鼻から細長い管を腸まで通して
水色の病院着を着ていた
髪の毛はベタベタに固まって
少ししか開かない窓から必死に空気を吸ったら
落ち着きがない とカルテに書かれた
つめたい病棟にはひとがたくさんいて
飛び降りて杖をついて歩くおばさんも
記憶をなくしたひとも虐めを受けたひとも
虐待されたひとも眠れないひとも首を吊ったひとも
誰かが夜暴れても泣き出しても
大丈夫だよと頭を撫でてくれた
ただ、繊細なだけでやさしいひとたちだった
面会に来た部外者を睨む目も
よわいひとたちだから団結していた
空気はいつも無機質でつめたくて
それでいてすこしだけ生ぬるくて
おんなじ毎日をおんなじ時間繰り返す
手を繋ぐのを強制した同級生の男の子も
刃物と下剤を共有した17歳の女の子も
無口でお菓子がすきな19歳の男の子も
生きる希望をくれた17歳の女の子も
みんな笑顔がとってもすてきで
いつもみんな他人のことを考えて
ひとりきりで泣いていた
ひとりきりで自らを傷つけた
大人になることを恐れていた
社会に戻ることは怖かった
他人に戻ることが怖かった
わたしたちはしらないふりをした

寝たふりをして22時には消灯
見回りがくる前に携帯と剃刀を隠そう
布団を被ればこぼれた涙には気づかない


おやすみなさい

幻の月をみていたような

8月32日にいる夢をみてた
ラボナの過量摂取をしようか
ふたりでプラトニックにいよう
明日も明後日も来年もきっと
8月32日には行けない
永遠の夏休みなんてない
雨が夏を拐っていくんだ
夏は流れていってしまう
神様のボートに乗らないで
風のない水際で見送っていようか
8月31日の夜にいる
あの子は死ねたのだろうか
振り返らない理由をわたしにして
帰ってこなくていい
巡るめく季節はなにも産まない
無機質の繰り返しの中では生きていけない
どうせふたりとも忘れていく
わたしたちには羽根がないから
遠くにはいけない
手を繋いでいることしかできない
大人になるのはこわい
しぬのはこわい
薬の空き瓶も煙草の空き箱も
窓から射す月の光も湿ったシーツも
甘ったるい安物の香水も漂うにおいも
通過電車に飛び込めば夢は醒めない
星にも月にもなれる
しぬのはいつでもできるから
きょうは早く寝てしまおうか